情報文化論11
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# 日本におけるTVと高度経済成長
## 高度経済成長期の背景
1950年代~1960年代頃、好景気により急速な経済成長が進んだ(高度経済成長)。
この成長を牽引したのは、池田勇人首相による国民所得倍増計画である。
## 三種の神器
この時代、以下の3つが「三種の神器」と呼ばれた。
- 冷蔵庫
- TV
- 洗濯機
## TVの価格と普及
### 当時の経済状況
- 1950年代から60年代前半の大学初任給:8,000円/月(現在では約25万円)
- ローン月賦払いが一般化
- この時代のTVの値段:約20万円
- 当時の給料から見て月収の2年分程度に相当
- 現在の高級車や自分の家のような存在
### 街頭テレビの登場
メーカーはTVを一般家庭にも購入してほしいと考え、街頭にTVを設置する「街頭テレビ」が登場した。これはプロモーションテレビとして、メーカーが設置したものである。
相撲、プロレス、野球などのスポーツ中継が人気を集めた。
## テレビ普及の契機
### 1959年:皇太子成婚
皇太子殿下(明仁天皇)と美智子様の御成婚(1959年)がテレビ普及の大きな要因となった。
美智子様は民間出身であり、皇室に嫁いだ民間人として当時大きな注目を集めた。この出来事が結果的にテレビ普及の要因にもなった。
### 1964年:東京オリンピック
1964年の東京オリンピックも、テレビ普及を大きく促進した要因の一つである。
## ゴールデンアワーと人気番組
ゴールデンアワー(19時から21時)には、時代劇(遠山の金さん、水戸黄門)、スポーツ(プロ野球)、コントなどの番組が放送され、メディア間での競争が激化していた。
かつては一家そろって茶の間で食事を取る家父長制的な家族形態であり、この時間帯には家族そろってTVを見るため、視聴率が高い時間帯であった。
当時の視聴率は50%を記録することもあり、ドリフターズの「8時だよ全員集合」などの番組が人気を博した。
## カラーテレビの普及
- 1960年:カラーテレビ放映開始
- この間は白黒テレビとカラーテレビが併存していた
- 1971年:カラー放送が本格化
# メディアの視点から見た携帯電話の変化
## マスメディアから個人メディアへ
### 従来のマスメディア(公共空間)
従来のメディア(新聞・テレビ・ラジオ)は「マスメディア」と呼ばれ、一方向型に不特定多数へ同一内容を発信し、多くの人々がその情報を共有する"公共空間"を形成していた。
### 個人メディアの登場(個人空間)
一方、携帯電話やスマートフォンの普及により、情報の受発信や内容は個人ごとに異なり、"個人空間"が拡大した。
このように、公共空間(情報の共有・同時体験)の縮小と個人空間(個別的・私的な体験)の拡大が進み、私たちのメディア利用は「公共空間から個人空間へのシフト」が進行している。
## 携帯可能な機器の変遷
携帯可能な機器の登場により、個人空間が拡大していった。
### ポータブルメディア機器の歴史
- **ポータブルラジオ**:個人で携帯可能なラジオの登場
- **SONYのWalkman(1979年発売)**:ラジカセから個人専用の音楽プレーヤーへ
- 個人で携帯する、コードレス、コンパクトな設計
- 個人空間での音楽体験を可能にした
### 携帯電話の普及と固定電話の減少
- **携帯電話・スマートフォン**:個人専用の通信機器として普及
- **減少したもの**:固定電話、公衆電話
- 携帯電話の普及により、固定電話や公衆電話の利用が減少した
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Citation
unjuno, “情報文化論11,” unjuno'sResearchLibrary, accessed October 7, 2026, https://archive.unjuno.org/items/show/146.
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